家 族 の シ ル シ




「ただいまー」

セピア色の髪に、どこか幼さが残っている美少年。
――ここ、深山木薬店の店主である秋が、どこからか帰ってきたようである。

「あれ、誰もいないのか? おーいザギー?」

秋は静まり返っている部屋に問いかけた。

「……ぁあ、今日はザギも用事があるっていってたっけ」
今朝座木が言っていたことを思い出して、秋はとりあえず店主席に腰掛けた。
「あーねむい……」

「師匠!? いたんですかぁ!!?」

秋がソファの背に身を預けまどろみかけたとき、シャボン玉が割れてしまいそうなくらいの声が響いた。
この声は、今まで自分の部屋にいたらしいリベザルのものだった。

リベザルは秋の姿を見つけ、すごい勢いで駆け寄ってきた。
「なんだ、僕がいちゃいけないのか?」
秋は閉じかけた瞼を持ち上げてリベザルの姿を捉えた。

いつもと様子が違う……と感じるのは気のせいだろうか。

「いいえっ! そんなこと全然ありませんっ!! ホントですッ」
「……おまえの方こそいたのか。あまりにも静かすぎて誰もいないのかと思ったよ」
秋は足を組んでリベザルを見た。

「師匠どこ行ってたんですか?!」
「依頼人のところへ話しを聞きに行ってたんだ」
「師匠よく……」
「起きれましたね、とか言うなよ」
「いっ、言いません!」
秋に先をこされてしまった言葉を飲み込む為に慌てて口を覆うリベザル。

「――朝早くにしか都合がつかないっていうからさ」
そんなリベザルにつっこまなかった秋。

「そうだったんですか……。でもよかった、師匠帰ってきてくれて。今日起きたら兄貴もいなかったから、俺、てっきり……」
「てっきり?」
透き通るようなダークブラウンの瞳でリベザルを見据える。

「い、いえ。なんでもありません! それより師匠、ねむいんですよね。俺に構わずどうぞ寝てください」
リベザルは両手を振って、必死に話題をそらした。

「そうだな。構わず寝るとするか」
秋は両手を頭の後ろで組んで目を閉じた。

「…………」

……。


「…………言いたいことがあるなら言え。視線を感じて寝れない」
秋は器用に片目だけを開けて言った。

「ごめんなさい……」
リベザルは秋が寝ようとしてもその場を動こうとはせず、じっと立っていたようだ。

「ザギが帰ってくるまでなら聞いてやるぞ。何かあったのか?」
「師匠……。俺、夢見たんです」
リベザルは、秋の優しい言葉に引き寄せられるように話はじめた。

「ほぅ。それで?」
「それで……俺ひとりぼっちになっちゃったんです……。師匠も兄貴も2人だけでどんどん遠くへ行っちゃったんです!」

そんなの嫌なのに。

俯いてそうつぶやくリベザルは泣きそうな顔をしていた。
「大声で呼んでも止まってくれなくて、必死で走ったのにぜんぜん追いつかないんです……。俺、師匠も兄貴も大好きだから、できることならずっと一緒にいたいと思ってるし、嫌われたくないです。兄貴は俺にすごく優しくしてくれてるけど、本当は――」
「リベザル。おまえ本当にそう思うのか」
秋の鋭い声が響いた。

「え……?」
「よく考えてみろ」
秋にそう言われ、リベザルは考え始めた。

「――俺が師匠にいじめられてるとき、兄貴助けてくれます。すごく……優しい……」
「そこで泣くなよ……。僕がとてつもなく怖い奴みたいじゃないか」
「うっ……ずみ゛ません……」
泣かないように必死で堪えているリベザル。
秋はその姿を捉え、ふぅと息をつくと立ち上がり、リベザルの近くへ行った。

「――おまえが思ってることはだいたい予想がつく。どうせ、自分は邪魔者だとか、迷惑ばかりかけてるから本当は嫌われてるんじゃないかとか、くだらない事考えてるんだろ」
「…………」
「ったく。おまえが見たのは夢だろう?」
「はい……。でもすごくリアルで……」
そこで秋のため息が聞こえた。そして呆れたように言う。

「夢ってのはなぁ、ありえること・ないこと何でもアリな世界なんだよ。おまえリアルって言ったよな? でもリアルだからって本物とは違うだろう?」
「はい……」
「実際に存在してるのは、絶対的に現実世界で生きている人の方。夢の中のものなんてアリエナイ。リベザルの夢に出てきた僕は本物じゃぁない。そうじゃないと、今リベザルの目の前にいるコノ僕は何なんだ? ってことになる」
「――そうですよね。師匠は師匠ですよね!」
秋の話でリベザルはさっきより元気を取り戻したようだ。

「そう。僕は僕。さっきの夢は忘れろよ? 僕とザギは黙ってリベザルをおいていくなんてことしないから、安心してろ」
秋はリベザルの頭に手を乗せ、優しく言った。

「――はい! 師匠、今日は優しいですね」
リベザルは、秋の言葉に緩んだ目元をゴシゴシとぬぐってから、元気な返事をした。

そうだ。今自分の目の前にいるのが本物の秋なのだ。
その言葉を信じたいとリベザルは思う。

「今日はだと? 僕はいつも優しいだろ。――なぁ、ザギ」
「え、兄貴?」

なぜか今ここにいないはずの人物に同意を求める秋。

リベザルが不思議に思っていると、古いドアの開く音。

……。

「さすが秋。バレてましたか」

「当然。僕を甘く見るなよ」
そして買い物袋を手にした座木の姿。

「しかし、さきほどの問いには同意しかねますね」
「なにぃ? ザギは僕のことちゃんと見てるの?」
「はい、もちろんです。だから間違いはないはずですが?」
座木は穏やかな笑みを浮かべて言った。

「兄貴!」
リベザルは座木の元へ駆け寄ってジャケットにしがみついた。

「兄貴も帰ってきたぁ」
「リベザル。ただいま」
そう言って赤い頭を優しくなでた。

「お帰りなさい兄貴」
「ごめんね、黙って出かけちゃって。リベザルぐっすり寝てたから起こすの悪いと思って」

「起こした方がよかったんじゃないの? へーんな夢見てたらしいからな」
秋があくびをしながら言った。

「あ、ご、ごめんなさい!! 俺……師匠と兄貴のことを……」
リベザルはさっきのことを思い出して二人に謝った。

「いいんだよリベザル。確かに夢ってリアルな時があるからね」

――夢がリアルだった。

さっきリベザルが言った言葉だ。その時座木はいなかったはずなのに。

「サギ、やっぱおまえ最初から聞いてたんだな。なんで入ってこなかったんだよ。盗み聞きなんて趣味にあったのか?」
不満顔で文句を言う秋。

「まさか。秋なら上手く言ってくれると思ったからです」
「ったく」

「兄貴っ、本当にごめんなさい!! 俺、怖かったんです。一人ぼっちになるのが……」

一人なんてイヤダ。
いつも優しくしてくれる、毎日暖かくておいしいご飯を作ってくれる人がいなくなる。
なんだかんだいって話を聞いてくれる、危険なときはいつも助けてくれる人がいなくなる。

「そんなの嫌なんです!!」
リベザルは自分の気持ちをぶちまけた。

時々、とてつもない不安がリベザルを襲うのだ。
三人で過ごしている今の状況がいつまで続くのか。
ふとあるとき突然、崩れてしまいそうになる感じがするのだ。
秋なんて特に自由奔放な感じだから余計に不安だ。

「だぁかぁら、そんなことないって言ってるだろ?!」
秋のイライラしたような声にビクッと肩を震わす。

「秋、そんな風にいっては伝わりにくいですよ」
座木が間に入ることで、なんだか雰囲気が和らぐ感じがするのは気のせいではないだろう。

「だって、リベザルがー!」
「――秋」
まるで駄々をこねる子供のような秋に、座木のお咎めが入った。
「冗談だよ……」

「リベザル、秋のさっきの言葉は信じてもいいと思うよ」
座木は秋から視線をリベザルに戻して言った。

「さっきの言葉……?」
「さっきの言葉は、じゃなくて言葉も、だろ」
「秋、ほんの少しの間なので静かにお願いします」

横から言葉の訂正をしてきた秋に、座木が表面ではにっこりとしてお願いをした。
秋は分かったのか分かっていないのか、「はいはい」と言って頭の後ろで手を組んだ。

「ごめんねリベザル。さっきの続きだけど、私も秋もリベザルを置いていったりしないってこと。リベザルか秋、どっちか一人いなくなったら私の生活がつまらなくなっちゃうからね。リベザルは私の大切な家族だよ。秋も同じように思ってるんじゃないかな」

「家族……ホントですか?」
座木に家族と言われてリベザルは嬉しかった。
夢じゃないかと思ったが、自分は寝た覚えがない。

「もちろん、本当だよ」
「ザギは嘘をつくやつか?」
「いいえっ! そんなことないです」
「じゃあ信じるよな?」
「ハイっ!!」
秋の簡単な質問にリベザルはハッキリと答えた。

「よし。リベザル、手」
「?」
リベザルは手がなんなのかわからなかったが、なんとなく掌を上に向けて差し出した。


パチン!


そして、一体何なののかと問うまもなく、秋お得意の、あの指を鳴らす音がキレイに鳴った。

「ホラ、これをやる」
「え?」
次の瞬間、リベザルは掌に軽い何かが乗った感じを受けた。


「わぁ……キレイ! 師匠、何ですかコレ?!」
それを親指とひとさし指で挟んでかざす。

秋の手品で出てきたものは、ビー玉ぐらいの大きさの小さい玉だった。
ビー玉に似ているが中は澄んでいて、売っているものでは見かけないくらいとてもキレイな色と模様のものだ。

「家族の証だ。ザギも持ってる」
「え、私もですか?」
身に覚えがないらしく座木がきょとんとしていると、秋は座木のジャケットのポケットのある位置を手でパンパンと軽くたたいた。

「え……あっ、ありました」
ポケットに手をつっこむと何か小さいものが手にあたり、それをつまみ出したら、リベザルが持ってるのと色違いのものが出てきた。

「そしてもちろん僕も」
秋はニッと笑って自分のを見せた。

「ほんとだ、師匠も持ってる! 三人でおそろいだっ」
リベザルが嬉しそうに言った。

「大切にしろよ」
「もちろんです! 師匠ありがとうございますっ」
「どういたしまして」
「よかったねリベザル」
「はい!」

リベザルはもう一度玉をかざして中を覗いてみた。
光が差し込んでとてもキレイだ。

飽きることなくしばらくそうしていたリベザルの姿を見て、秋と座木は顔を見合わせて微笑んだ。











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薬屋さん第一作目です!これからもっとがんばります…。
秋ちゃんの指パッチン好きvいろいろ出てきてすごいですよね。






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