「やっほ〜ゼロイチ♪」
「げ、秋! ……何で来んだよ……」
ここは零一がバイトをしているコンビニだ。
ちょうどバイトが終わってレジから出たところで、秋がひょっこりと現れた。零一にとっては遠慮しておきたいシチュエーションの1つだ。それが今……この通り。
「何その言いぐさ。ひどいなぁ、僕傷ついちゃうよ?」
「おまえにそんな心配は無用だ」
「どこが。こんなにか弱いのに」
秋は自分を指差して言った。
「勝手に言ってろ。俺はこれから帰……る……ったく、なんなんだよっ!」
零一の言葉がだんだん止まりかけてきたかと思うといきなり怒鳴った。
「ゼロイチうるさいよ。ここ店内だよ?」
「だから俺はゼロイチじゃねぇって言ってんだろ!」
「ゼロイチー、そんなに大きい声出してると店長さんに怒られるよ? 僕知らないからね。ここクビになっても次の仕事探すの手伝わないよ」
秋は零一が言った事を無視して、クビだとか言う。
「うるせぇ、誰がおまえになんか頼むか。――だからさっきからなんなんだよっ!!」
零一はイライラしたように言って、さっきから違和感を感じている自分の足元を見た。
「なっ、おい秋。なんなんだこれは」
「やっと気づいたー。ゼロイチにぶい」
「そんなこと訊いてねぇよ。これはなんなんだって訊いてんだよ!」
そして自分の足元をビシッと指差す。
「見て分かんないの? ゼロイチ頭わ……」
「見れば分かる。犬だ。だから何でここにいるのかを訊いてんだよ」
零一は秋の言葉の上から少し早口でしゃべった。
「そんなこと言ってなかったよ。初耳」
秋は零一の方に歩いてきて犬を抱きかかえながら言った。
それとは逆に、零一は秋から離れていった。
「どこ行くのゼロイチ」
「帰るに決まってるだろ。バイトは終わったんだ。さっさと家に帰るのが普通だ」
「それはゼロイチだけじゃない? だって普通は彼女とデートしたりー」
「俺に彼女なんていない」
「いるじゃん、ここに」
秋はコンビニを出かけた零一のコートの袖をつかんで自由を奪った。
「おい離せ。おまえといるとロクなことないんだよ」
「そんなことないでしょ。楽しいことばっかりだよ」
そう思っているのは多分、いや、絶対に秋だけだ。いつも零一をからかっては反応を見ておもしろがっている。もちろんそれで零一は楽しいはずがない。
「どこが。俺はぜっったいに帰る」
キッパリそう言って零一はコンビニを出た。
一応覚悟しておいた秋の妨害もなく、珍しいと思いながらも無事に外に出られたのだ。
――否、それは秋の策略勝ちとなるのであった……
「ひどいよ〜、こんなに可愛い子犬なのに捨てて来いだなんてー」
(はぁ? 何言ってやがる?!)
一人コンビニに残された……否、残った秋が突然店全体に聞こえるほどの大声で叫び出した。
零一の足は嫌な予感をMAXに感じ取りピタッと止まっていた。
店内では一体何事かと、ほんの少しざわついていた。しかも秋の大声のせいで、店長が出てきてしまった。
「何の騒ぎだ?」
「あー、店長ー」
秋は店長の方に顔を向けた。
「秋くん。君かい? 大声を出してたのは」
「ごめんなさい……」
少女のようなとても可愛らしい顔で謝られると、
「や。いや、別にかまわないよ。秋くん可愛いからちょくちょく来てくれるとお客さん増えると思うし」
こうなる。
「あー、でもやっぱり店内はなるべく静かに頼むよ」
でもやはり店長なので注意しなくてはいけない。
「はい」
「ん? 秋くん……店内ペット禁止だよ」
店長は秋の腕の中にいる仔犬に視線を移し、苦笑した。
「聞いてください店長」
「ん?」
「この仔犬すごく可愛いですよね?」
「え? あぁそうだねぇ」
秋の視線の先を追って、店長の目に子犬が映った。
「なのに、桜庭零一くんが捨てて来いって言うんです……」
「なっ!? 秋てめぇっ」
零一は思わず店内の秋の元へと詰め寄った。
零一の予感は当たった。何で自分がこんな目にあわなくちゃいけないのか……。
「桜庭」
「店長……」
「騒ぎの原因はまたおまえか」
「違いますよ! こいつが勝手にデマ流してるんですって!」
零一は店長に訴えかけた。
こっちが迷惑をかけられているというのに、毎回毎回自分のせいにされては堪らない。
「ひどいよ、ゼロイチ」
「はぁ? 俺はただ家に帰るって言っただけだろッ」
「桜庭。みんな見てるぞ?」
「え」
零一はハッとして周りを見渡すと……確かに、客はだいたいこちらを見ている。
「なっ、俺は何もしてないですって!」
「しかしなぁ。仮令そうだとしても、傍から見るとおまえが秋くんをいじめてるようにしか見えんよ……」
店長が哀れむように言った。
「店長、俺を信じてくれてるんですか、疑ってるんですか?!」
「そんな顔してそういう言葉を言わんでくれ」
「…………」
「店長」
「なんだい?」
秋がまた何か言おうとしている。このあとなんて続くのかが恐ろしい。
店長が零一から秋に視線を移した。
「これからこの人のことは"桜庭"じゃなくて"ゼロイチ"って呼んであげて下さい」
「え?」
「なっ」
何言ってんだ!? という目で秋を見る零一。
「今、『ゼロイチって呼んであげよう運動』が起こっているんです。その方が彼も喜ぶので店長も協…んぐ…」
「秋っ!!」
零一は、秋の不穏当な発言をすべて訊く前にその口を手で塞いだ。
「店長っ、今の言葉は忘れてください。全部ウソですから。というかできれば秋と会う前まで記憶を戻してくれるとありがたいですっ」
「それは無理だなぁ」
暢気にあははと笑って店長は言った。
「騒がしくしてすみませんでした。それじゃお先に失礼しますっ」
そう言って秋の腕をつかみ、店から走り去って行った。
「なんというか……台風のようだったな……あ、いらっしゃいませ」
店長はポツリとつぶやいて、入ってきたお客さんに挨拶した。
****
「ったく秋!! なんでおまえはいっつも……」
「ねぇゼロイチ、お願いがあるんだけど」
「おまえ人の話も聞かないで!!」
「あのね、この仔犬の飼い主を見つけたいんだけど」
「あーそうだよなっ、おまえはいつも人の話なんて聞かねぇで自分ばっかりだった!!」
零一の言う通り、零一の言葉は聞き流して自分の話をどんどん進めていった。
「この仔の飼い主……」
「そんなの知らねぇよ。自分でどうにかしろ。俺は帰る!」
そういって零一はあきに背を向けて歩いていった。
「ゼロイチの馬鹿!!」
その後姿に秋の怒鳴り声がぶつかった。
「あ゛?! なんだとぉ?」
零一は罵声に振り返って秋を睨んだ。
「ひとりぼっちって辛いんだよ……?」
秋がいきなりマジメに言うので零一は眉をひそめた。
「なんだよいきなり……」
「僕、そっけない態度とられても、うざいって言われてもさ、なんだかんだ言って側にいてくれる人がいてすごく嬉しいんだよね。いつも心配してくれてるって分かるし。照れ屋で素直になれないだけだもんねー?」
「おまえ、なんで俺の方向いて言うんだぁ?!」
怒鳴ったときとはうって変わって笑顔で零一を見て言う秋。
「なんでって、それ、ゼロイチのことだから」
本当に嬉しそうだ。
「なっ」
「だから僕は幸せ。でもこの仔は今きっとさびしい思いしてるよ」
そう言って秋は視線を腕の中の仔犬に移した。
零一の目も後を追って仔犬を捉えた。すっかり秋になついたというか、安心している感じで、その細い腕に顔をすりつけている。
「――そうかもな……」
零一はポツリとつぶやいた。
「え、何ゼロイチ」
声が小さくて何を言ったのか聞き取れなかった。
「確かに一人じゃさびしいだろうな……。俺も探してやるよ。子供には親が必要だ。ちゃんと育ててくれる親がな」
「おーゼロイチいいこと言ったーv」
「別に。当たり前の事だろ?」
「うん。僕もそう思う。ゼロイチいい父親になれるね。ゼロイチのそういうとこ好きだよ」
秋はにっこり微笑んで仔犬を零一の腕に移した。
「わっ、待て!」
自分の腕に乗ってくるとは予想していなかったので、慌てて落ちないようにと抱きかかえた。
無事に腕の中に納まった仔犬を見ると思わず口元が緩んでしまった。
それからほんの1、2秒したら、頬に柔らかなものがあたった。
「秋?!」
何をされたかすぐに分かり、バッと横を向くと端整な顔がまだ間近にあって。
「〜〜っいきなりなにするんだ!」
「何ってキ――」
「分かってるっ」
零一は少し後ろに下がって怒鳴った。
「あれぇゼロイチ顔赤いよ?」
「うるせっ! ――ったく。行くんならさっさと行くぞっ。俺は早く帰りたいんだ」
仔犬が意外とおとなしいので片手で抱えることに成功した。
そして、零一はそっぽを向いて、空いている方の手を差し出した。
「ホラ」
「うん」
迷わずその手を握って秋は歩き出した。
「ゼロイチ」
「あ?」
「ありがとう」
「――別に」
左手には、小さいが確かに生きている仔犬の体温を、右手に秋の体温を感じながら歩く。
いつもと少し違ったバイトの帰り道。
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薬屋さん二作目!書きはじめたのはこっちが先でしたが。
秋とゼロイチの会話書くの楽しいですv ていうか店長さんは適当に……
[2004/5/9]